このコーナーは、私が後援会報を配布しながら、お会いした皆さんを紹介します。勿論ご了解を頂いた方のみです。どのような話が聞けるか、今からわくわくしています。
男女均衡でいきたいのですが心配です。飯田市に対する提言を期待しています。
 戦争をさせない1000人委員会呼びかけ人代表 下平秀弘弁護士
写真は、2015.8.9安保関連法案の廃案を大集会であいさつする下平弁護士。
戦争をさせない1000人委員会飯田下伊那呼びかけ人代表下平秀弘弁護士先生は、飯田市役所に就職、中央大学法学部通信教育に学びながら法律家をめざし同市役所を退職し、司法試験に合格し、弁護士となった。飯田市職労の顧問弁護士を務めて頂き、組合員の権利擁護を担ってくれている。この度、安倍政権の進める集団的自衛権の解釈改憲に基づき提出された、安保関連法案は憲法違反と訴え、戦争法案の廃案を先頭になって運動されています。
 
     
2013.3.12

(以下は青森市において3月12日に行った国政報告の要旨です)
       
1.2期12年の活動を振り返って
(1)  早いもので、まもなく2期12年が経とうとしています。
 12年前、私は、折からの新自由主義政治を批判し、「小泉内閣の『構造改革』とは、輸出大企業の国際競争力を高めるために社会のあらゆる分野でリストラ合理化を押し進めて格差拡大・弱肉強食の社会をもたらすものであり、またその延長線上に憲法を改悪して戦争のできる国へと突き進むことになる。これを食い止めるために是非とも国会に送ってほしい。共に闘ってほしい」と訴え続け、当選させて頂きました。
 以来、私は、この観点から国会での政府追及や全国遊説などに飛び回りました。また再選をめざす6年前の闘いは、安倍内閣が改憲に向けて反動化を進める下で、与野党逆転・政治転換を図る闘いでもあり、再選させて頂いたあと、野党共闘の衝に当たり、2009年の総選挙後の社民・民主・国民新3党連立政権の政策決定にも一定の役割を果たしたと自負しています。
 この間、国会での政府との論戦は430回を超え、また党では参院幹事長や党幹事長、副党首などを務め、現在は幹事長・参院議員会長などを担っております。
 今日まで私と社民党をご支援いただいたことに改めて心からお礼を申し上げます。
     
  (2)  この12年を振り返りますと、新自由主義・「構造改革」路線と対決し続け、国民の不満・怒りと相まって漸く2009年9月に政権交代・政治転換が実現したと思ったのもつかの間、民主党政権の相次ぐ公約違反と新自由主義路線への回帰によって、昨年12月の総選挙で自公政権の復活、政治の逆流を許してしまったことは残念至極と言う他ありません。
 今日、民主党政権の新自由主義政治への回帰によって2009年の政権交代や連立政権自体に意味がなかったように思われがちですが、それは間違いです。特に連立政権の政策合意の多くは今日の政治経済情勢においても必要不可欠な政策です。
 3年前、多くの国民は、社会のあらゆる分野に格差を拡大した自公政権の市場経済至上主義に立つ新自由主義政治に不満と怒りを募らせて、総選挙で政権交代を実現したのですから、3党連立政権は、この民意を受け止め、その『政策合意書』の前文で「家計に対する支援を最重点と位置づけ、国民の可処分所得を増やし、消費の拡大につなげる。…年金・医療・介護など社会保障制度や雇用制度を信頼できる持続可能な制度へと組み替えていく」「日本経済を内需主導の経済へと転換を図り、…国民生活の立て直しを図っていく」など社会民主主義的政策で合意しました。この合意を具体化するために私は副党首としてマニフェストの責任者の立場から努力し、初年度から、社会保障関係予算の拡充と不要不急な公共事業の大幅削減、雇用対策の強化、子ども手当や高校授業料無償化、販売農家の戸別所得補償制度などを実現しました。これらは現状でも必要な政策です。
     
  (3)  しかし、政権公約に反する米軍普天間基地の辺野古移設の閣議決定に反対して社民党が10年5月末に政権を離脱して以降、民主党政権は「政策合意」の姿勢を次第に後退させ、鳩山内閣後の菅内閣は、折からの参院選に際して消費税増税を打ち出し、政権合意を放棄しました。そして菅内閣後の野田内閣は、政治転換を訴えて政権に就いたことを忘れて自公との談合政治に転換し、法人税5%減税、改憲に向けた憲法審査会の始動、TPP加盟交渉参加、オスプレイ配備など日米軍事同盟の強化、違憲・違法な公務員給与の大幅削減、そして政権公約と真逆の消費税増税、脱原発の民意を無視して原発の再稼働・増設など、「赤信号、3党で渡れば怖くない」とばかりに新自由主義路線への回帰を強めたのです。
       
 
     

6月24日公示参議院選挙予定候補者紹介
吉田ただとも 
前大分県議会議員 社民党公認候補 自治労長野県本部、飯田市職労推薦候補


県議会議員『吉田忠智』が、お世話になりました 2010年4月7日

 2010年4月1日(木)大分県議会議員県民クラブ控え室において、社民党大分県連の久原幹事長、安部副幹事長の同席のもと、県議会議員辞職にあたっての記者会見を行いました。
  県議会議員を辞職し、退路を断って参議院選に臨みます。3年前に3回目の当選をさせていただきながら、任期を1年残しての辞職です。県議会議員としての私を支えて下さった有権者の方々には申し訳ないとも思います。しかしながら、国政へとさらに多くの方々に支えられる中で挑戦するわけですから、皆様への恩返しのためにも、精進して参ります。
  これまでの県議会議員としての経験を生かして、私自身が感じ取った課題や、県議会議員としての私では、どうにもならなかった課題の前進に向けて取り組みを進めていきたいと考えています。
  この数ヶ月間、全国を回ってきましたが、構造改革、規制緩和、都市部への一極集中によって地方が本当に疲弊しているのを感じました。若い人が定住しようにも働く場がありません。地方の雇用創出を積極的に進め、若者が地方に戻ってくることが大事だと実感しました。また、労働法制の規制緩和により、官民問わず不安定な雇用状態である人が多いこともわかりました。労働者の給与所得が減少しています。働く仲間みんなの底上げを図らなければならないと感じました。
  そして、平和の問題。沖縄米軍基地の問題は、沖縄県が国外・県外移転を求めている現状も理解できますし、他の地域が受け入れたくないということも理解できます。大分県日出生台についても取りざたされていますが、決して受け入れられるものではないと考えています。日米安保条約が結ばれて半世紀が経過しました。国際情勢も大きく変わっています。安全保障条約の抜本的な見直しを提起しながら、在日米軍基地を巡る様々な課題を解決させていく必要があると思います。
  今年の5月18日に「国民投票法」が施行されます。世界中の人々が高く評価する平和憲法を守るたたかいは正念場を迎えます。参議院では、まだ憲法審査会規程が制定されていません。憲法改悪に向けた手続きをこれ以上進ませないことが必要です。
  全国、各地域で社民党を支えてくれる人がたくさんいることを実感しました。参議院におけるかけがえのない議席を獲得するため、残された期間を全力で闘い抜きます。
  県議会議員としての『吉田忠智』がお世話になりました。新たな『吉田忠智』へのご支援を改めてお願いいたします。


2008.9.27 長野選挙区5区予定候補に池田幸代さんが立候補表明
 麻生内閣が誕生して、臨時国会が9.29開会される。解散総選挙の時期が注目される中、社民党長野県連はこのほど福島瑞穂党首の第2公設秘書として、活躍している池田幸代さんを擁立すると発表した。本年、4月産声が聞こえるまちづくりプロジェクトで、福島党首、阿部政審会長と飯田下伊那地域の産科の現状を調査、市立病院の現地視察に同行した池田幸代さんと、2日間ご一緒させていただいた。誠実で、タフネスで、政策通の彼女に魅力を感じていた。5区の候補者の中では最高の人材ではないか。36歳の若さは、女性や、若者を魅了させることだろう。
9.27立候補表明する。池田幸代さん。南箕輪村

2007.8.22  杉山治久氏と 沖縄首里(すいこ)団 綾門(あやじょう)の子供たち
杉山さんが沖縄に旅行した祭、一枚の写真を沖縄の子供たちと撮ったことが縁で、杉山さんが沖縄の子供たちを飯田に招待することになった。杉山さんからご相談を受けて教育委員会に相談し受け入れの協力を頂き、飯田の子供たちや病院、福祉施設での沖縄のエーサー踊り上演が実現した。杉山会長は鼎精密工業会の会長で10年来お付き合い頂いている。
 写真右端が杉山さん。市長、会議所会頭と記念撮影。

2007.5.21 総務文教委員会の管内視察から
  3期目の折り返しは、総務文教委員会に所属しました。4年ぶりです。第5次基本構想がスタートし、自治基本条例施行、土地利用計、行財政改革など計画行政がスタートしました。地方財政も先が見えません。持続可能な飯田市を実現するためのチェック機能を十分発揮しなければなりません。
5.21管内視察にて(上郷小学校耐震工事の説明を受ける)

2006.6.11  産業経済委員会の委員
  昨年の改選期から、産業経済委員長を務めている。昨年10月の合併により7名で委員会を構成し、独自に調査活動を実施し、地域経済活性化プログラムに意見反映した。副委員長 原議員  中島委員、後藤委員、内山委員、代田委員、山崎委員の諸氏。
2年目に入った4月に管内視察を実施。

2006.1.20 アジア電子工業 及川一正社長
  経済活性化プログラム策定に企業経営者の声を聞くために、工業課職員当時、工業振興マスタープランを策定し、工業基盤研究会のリーダーとして、お付き合いさせて頂いた及川社長と懇談した。その際、世代別新春随想を記した新聞を見せていただき、共通する思いから、了解を得て私からこのコーナーで紹介します。
  ライブドアの問題が明るみに出た中で、企業のモラル、企業の倫理、社会貢献、自治体の運営について、経済活性化プログラムのスタートの年に当たり、経営者の皆さんや市民の皆さんともう一度考えたいと考える。
  今年で60歳、27歳で会社を創業して33年目になる。設立して5年目頃に、何のために働くのだろうか。会社は、社員、ユーザー及び社会に対して責任を果たすためには、永続しなければならない。そのためには、何が必要か、そのためには、企業のトップを初め、管理職にはモラルを持っていることが最低限必要と考え、会社の理念にもそのことをまず最初に掲げた。モラルの欠いた組織体はいつか急な破滅の危機に陥る場合がある。近年では、企業モラルが盛んに論じられるようになり、企業倫理規定なるものを大企業はあわてて作っているようである。企業自ら規則を作り、又、社会貢献についても盛んに言われるようになった。しかし、私たち企業の上部である。国、県、地方の自治体はどうであろうか。国に至っては支出の約6割の収入しかないのに、4割(30兆円以上)の借金を毎年増やし続けている。一般家庭や企業でそのようなことはあり得るだろうか。国だから可能としても、モラル面では最低ではないだろうか。東大を出たような、優秀な頭脳集団である官僚や政治家の皆さんは、モラル面では一般の人より劣っているようである。私たち企業や国民が愛情をささげるだけの価値がないような気がする。そろそろ我社の企業理念も変更しなければならない。我社は社員の幸福のみを第一とし、企業活動を今後しようと考える。及川一正

11.17 夏目光学  宮下忠久社長
 毎月30日に、宮下社長と飲みにケーションをしている。工業課時代からご指導頂いている。最近体調を悪くしたが、持ち前の精神力とリハビリで完全復帰された。
 2004年11月の例会で、工場用地を捜していると聞いた。喬木村出身で生まれ故郷に錦の御旗をと考えていたようだが、飯田から出て行っては困ると話し、本年1月市役所の御用始の日に、工業課長に宮下社長と合うように連絡、工業課も積極的に動いてくれて、川路の一本平の工場用地を選定し、このほど工場が完成した。牧野市長の誘致第1号となった。11.17会議所工業委員会の視察でお伺いした。計画を相談いただいて、完成まで10ヶ月であった。経営者は、決断が早い。世界の夏目へと飛躍するだろう。
 新工場で、宮下社長から説明を受ける。

2.11 松下収入役が勇退
  松下氏は、2期収入役を務め、このほど任期満了により、勇退した。48年有余市役所職員として、理事者として飯田市の発展に尽力された。私は、町内が同じで、地域では壮年会やお祭り、勤労協と私的にお付き合いさせていただいており、大変お世話になっている。市役所当時、私が農政課時代には、農林部長として上司であり、地域農業マネージメント事業を農政施策の柱にし、集落複合経営を農業団体、地域の皆さんと一緒に、現場主義で取り組んだ。農業集落排水事業を導入したのも松下氏である。三穂の生活改善グループの皆さんにドイツに行って見てこないかと進め、グリーンツーリズムがこの地域に広められ、体験教育旅行の受け入れなど、新しい観光交流が生まれた。

11.29 古井武志助役が勇退
 古井氏は、48年8ヶ月市役所職員として、理事者として、中心的に行政の舵取りをされ、田中市長の政策を市民に定着した。古井助役の支えがあってのことだ。労働組合の執行委員長の経験もあり、重要案件の判断はずば抜けており、洞察力は抜群であった。、私は、市立病院勤務のOB会で親しくしていただいている。12.12に仲間12名で慰労の席を設営し称えた。大変ご苦労様でしたと労いたい。12月議会開会冒頭、異例の助役人事が提案された。古井助役は、11月15日に市長に言われたようだが、議会開会冒頭とはちぐはぐ人事だ。一方収入役の人事案件は提案されず、これまた異常なことだ、市長が変わると大きく変わると言われるが、牧野市長は牧野流で進むのか、トップギアーに入れた感じがするが、どうか。

7.22  10月の市長選に小島康晴氏が出場表明
 6月議会で田中市長の勇退表明を受け、勇気ある決断だと思うが、市役所後輩の小島康晴氏が6月30日をもって退職し、7月22日正式出場表明を行った。私と小島君とは、市役所時代の同僚であり、労働組合運動も同じ頃経験した。住んでいる地域も同じで、市長選の挑戦も少し前から相談を受けていた。新人同士の一騎打ちとなる戦いに私も彼の目標を成し遂げるために、全力を傾注する覚悟清水可晴ホームページだ。
7.22記者会見の報道

登山家大蔵喜福こと、タワシ髭がチョモランマに挑戦中。
 www.adventure-guides.co.jp (公募登山隊のページをクリックしてください)
 メールで送られてきたのがこのアドレス。開いて見ると世界最高峰のチョモランマに登山している彼らのパーティーが、連日ホームページで情報を提供している。まさにインターネットの世界は便利だ。写真入の日記が面白い。私も掲示板で応援メッセージを送ることにした。

飯田市役所サッカー部の仲間達
 
  3.13市役所サッカー部の部長、鈴木邦幸消防署長と石田仲一総務部長の退職送別紅白戦が開催された。私も、20年ぶりにちょっとだけ試合に出場した。鈴木さん石田さんは昭和43年市役所サッカー部の創設者であり、私は翌年市役所に就職し、二人に誘われて入部した。青春時代はサッカー部とスキー部に所属していたが、自治体サッカーの全国大会出場が良き思い出だ。先輩のお二人に、第二の余白キャンパスに健康で生きがいのあるすばらしい絵を描いていただきたいと願う。大変お世話になりました。

登山家 大蔵喜福氏は私の同級生
  
  3.14山は偉いと題して、大蔵喜福氏の講演会が開催された。彼とは幼馴染で、丸山小学校の同級生であり、今でも彼が飯田に来ると飲み会を開く、登山家として有名で、28歳で世界初のヒマラヤ縦走登山、厳冬期最高到達地点記録8450メートルを樹立他、40代は、高山の風の研究のため、1990年より毎年マッキンリーに通い、その成果で第3回秩父宮記念山岳賞を受賞、この頃から同級会で会うたびに山の話を良く聞いた。飯田市に貢献もしてくれている。体験教育旅行、南信州アドベンチャーレースの企画、スノーシューの導入、エコツーリズムを提案してくれた。飯田下伊那は資源が山のようにあると力説、彼の提案で飯田測候所跡地利用を、私も議会で一般質問した。講演会の締めは、現在の地球環境、自然が与えてくれたのは人間がこの世に存在して200ページの本の一字に過ぎない、この大切な環境を何時まで残せるのか、山は偉い、山から学ばなければならないと力説した彼にあらためて魅力を感じた。

男女共同参画策定委員として、一緒だった馬場さんよりメッセージが届きました。
  男女共同参画社会策定委員会で「家族協定」についての話し合いの際、清水さんが発言された「思いやりの協定」という言葉に深く共感いたしました。様々な法律や制度が確立され、権利が保証されるこの時代、各人が自己中心的な考え方で勝手気ままにそれらを主張していては、真の男女平等の思想は定着しないと思います。家庭をはじめ、自分を取り巻くすべての物事に対し、思いやりの心を持つことが男女共同参画社会への大きな一歩となることでしょう。今回作成された「ともにあゆむ 21 いいだプラン」の真価がが問われるのはこれからです。男女共同参画社会の実現のための思いやりの種が、市民ひとりひとりの心の中に蒔かれることを伊那の地より祈っております。

長野県勤労者協議会の仲間達  
  11.13長野県勤労協の県政要求交渉を実施した。私は、県勤労協の自治対策部長として、県内の単位勤労協より諸課題をアンケート調査し、県知事に要求し、回答を得た中で、7項目に絞って関係部課と交渉を行った。特に、県内の救急救命医療体制の見直しについて、現在の4圏域から10圏域に拡大し、きめ細かな医療体制を確立するよう提言した。現在、県知事から委嘱された4名の専門委員による検討が進められており、さらに、ホームページで県民の意見を聞く機会を取り組みたいと答弁した。
11.13県庁にて交渉をする役員の皆さん。

高羽東分館にマレットゴルフ同好会が誕生しました。
 10.26晩秋の秋晴れのもと、高羽東分館マレットゴルフ同好会が誕生しました。町内に会員を募集したところ40名の登録があり、発足大会と総会を開催しました。近年マレット人口が急増している中、手軽に出来るスポーツとして、町内の親睦と交流が盛んになることを期待します。優勝は小池光子さん27ホール95、私は111で5位入賞でした。
 10.26松尾河川敷マレット場で発足大会

飯田市職労の仲間たち  第73回定期大会
  10.17飯田市職員労働組合定期大会が開催された。横田豊執行委員長のもとで、私も副委員長・組織内議員として執行部を担っている。毎年この時期に、定期大会が開催され議会報告をしている。私は、執行委員長を経験しているが、執行委員長経験者のなかで現役世代は私が最年長となった。私の後を継いでくれた井上氏、小島氏、竹前氏、三浦氏、横田氏の後輩はいずれもすばらしいリーダーであった。組合運動の経験をとおしていずれの諸氏も大きく成長した。労働組合は、市役所の人材育成にも貢献している。古井助役も執行委員長の先輩だ。
  報告をする私と、後列横田執行部

自治労政治連盟の仲間たち 
  8.25 自治労政治連盟の総会が、横浜で開催され出席した。本年4月の統一自治体選挙闘争で市民の審判を受けて当選した全国の仲間は337名、政治連盟員は本年7月現在で522名となった。恵那山トンネル西東の交流がある中津川市議 吉村久資氏も再選された。(写真)私は、この組織を地方自治推進のシンクタンクとして利用している。地方自治セミナーや地方財政セミナーは毎年出席し、自己研鑽の場として全国の仲間との情報交換を大事にしている。
8.31中津川市議会との交流会で撮影 吉村久資氏

留学生エイミーからの贈りもの
8.14 エイミーとマリーの合作。おいしかったよ。
  American Pancakes! (アメリカンパンケーキ) レシピ☆
材料
・小麦粉 1と1/4 カップ ・ベーキングパウダー 小さじ3 ・砂糖 大さじ1 ・塩 小さじ1/2 ・卵 1 ・牛乳 1カップ ・サラダ油 大さじ2

作り方
@小麦粉・ベーキングパウダー・砂糖・塩を大きなボールに入れ混ぜる。
A小さなボールに卵を割り混ぜて、牛乳とサラダ油を加え混ぜる。
BAを@に加え固まりがなくなるまでよく混ぜる。
CフライパンにバターをしいてBの生地を焼く。 表面に気泡ができたらひっくり返す。
D皿に盛り付け、メープルシロップ・バター・ジャム・はちみつ・フルーツ・ピーナツバター・ホイップクリームなど好みのトッピングを!!!
※さらに、アメリカンっぽくしたければ、生地の中にブルーベリーやいちご、チョコチップを加えて焼くとよい!!! (^−^)
コカリナグループ 森の仲間
8.18 中部デイサービスで演奏会
 
 コカリナの演奏が愛車のCDから鳴り響いた。静かに響く音色に魅了された。演奏をしているのが、森の仲間グループのやまさんだった。生演奏を聞きたいなあとコカリナのホームページを見ていたがチャンスがなく、丁度中部デイサービスにボランティア演奏に出かけることを知ったので聞きに出掛けた。やまさんからコカリナとの出会いを聞いた。長野冬季オリンピックの道路建設で伐採される『いたやかえで』を何とか再生しようと取り組んだことが、コカリナとして生まれ変わったと言う。自然を再生しようと取り組んだ人の知恵がすばらしい楽器となって、自然を大切にする心へと受けつながれた。
よりあい交差点・起楽堂    運営  飯田市職員労働組合・自治研部
8.4市役所地下喫茶店内を撮影、起楽堂のスタッフ
  市役所地下にある喫茶店は、飯田市職員共済会から運営委託を受けた、飯田市職労自治研部で経営している。営業時間は、午前9時から午後4時30分まで、MENUは全品各250円で、コーヒー(アイス・ホット)ロイヤルミルクティー、ミルク、抹茶ミルク、地元産トマトジュース、ココア、トースト2枚、こだわりパン2個と豊富だ。起楽堂は喫茶店だけが目的ではない。NPO、ボランティア、地域イベントなどの情報掲示板や福祉・ボランティア支援的な物品販売、カウンターに常設コンピュターを設置し、インターネットへのアクセスを通じて情報収集も出来る。職員や市民の作品展示、毎月1回、飯伊地域在住の様々なジャンルの方々をゲストにお招きし、貴重な体験談、プロの視点から観た現状と課題、元気なまちづくりの提言など2時間トークを行う。市職員と市民の研鑽の場としてご利用頂いている。皆さん気楽にお立ち寄りください。

飯田市勤労者協議会会長  桜井俊夫さん。

8.1自宅前で撮影、この後153バイパスを田中知事に陳情
  飯田市役所の先輩で、飯田市職員労働組合組織内議員として、市議3期12年務め私にバトンタッチした。清水後援会の幹事長として大変お世話になっている。温厚な性格で、地域に信望が厚く、現在江戸町自治会長として地域に根ざし奉仕している。護憲平和を愛し、社民党の副代表として活躍している。 最近は清内路の実家で、みょうが、あかねかぶなど特産品を生産している。後援会がお借りしている畑もお世話いただいた。
  合併についてお聞きした。平成の合併は、人口もさる事ながら、面積も大きくなる。行政の運営にも改革が必要であろう。最近、地方の自治体に自治政府と言う言葉が叫ばれるようになった。『自分たちの住む地域は自分たちで治める』それが原則である。と所感を寄せられた。

大変お待たせしました。   トップバッターは、清水後援会長の西尾保雄さんです。
7.29西尾さんのお庭で撮影しました。
 私が議会に立候補するときから、人生の先輩として、議会の先輩として後援会長として大変お世話になっております。市議を6期務め、昨年、叙勲授章されました。市役所の理事者職員から信頼され、松澤市政、田中市政を支え今日ある市立病院建設に、病院建設特別委員長として尽力されました。
  今日の合併問題を雑談して来ましたので、ご意見をお伝えします。
@市町村合併は、デメリットが先行し、メリット論と比較する向きがあるが、市民参加と協力の中で、新しいまちづくりに焦点を当てた議論が必要だ。市民が納得行く指導力が理事者には必要だ。そのために説明責任は行政に求めなければならない。一郡一市は、今日的に一枚岩になっていない。総論賛成で各論バラバラのなかで、調子の良いことを言ってもまとまらない。市長のリーダーシップに期待する。

人とのつながりコーナー